コンピュータ科学分野の国際学会(ACM)の分科会「シーグラフアジア2021(SIGGRAPH Asia 2021)」が14日から17日までの日程にて、東京国際フォーラム(リアル開催)、及びオンラインのハイブリッドにて開催されました。
只今各発表・展示について順次ご紹介しております。本日からは「XR」をご紹介しましょう。
Room Tilt Stick(日本・名古屋市立大学)
まずは日本における身体錯覚研究において名高い「注文の多いからだの錯覚の研究室」こと、名古屋市立大学芸術工学研究科・小鷹研究室の発表。3年前の東京開催でも採択されておりまして、小鷹さんとしては今回3年ぶりのSIGGRAPH Asiaです。
今回のテーマは「ルームチルト錯覚」。運転中のターンや段差による軽い衝撃などにより、視界が 90 度単位で回転する稀な症例を参考にして「身体のよろめき」をトリガーとして VR 空間の空間変換を起こす体験装置です。
こちらがその装置。木製の段差が少しづつ上がっている台が今回のキモであります。
この段差のついた台に乗って、HMDをつけるとそこには広い部屋が広がっており、そこには棒が存在しています。この棒で部屋の壁を推していくと、押し込む際の負荷を部屋の回転量と連動し自分のいる空間だけが回転しちゃいます!
事前に軽度の斜面を歩行させることにより重力の錯覚を啓示して、そこに「壁を棒で押す」アクション・強度と映像が連動することで、「自分で壁を押して部屋が回転した」感覚を錯覚させる、という仕組みです。上の写真に見切れておりますが、棒を押す感覚のセンシングにWii Fitの「バランスWiiボード」を使っているのも非常に面白く感じました。流石は小鷹先生!
Dementia Eyes: Perceiving Dementia with Augmented Reality(日本・慶應義塾大学メディアデザイン研究科、株式会社メディヴァ)
こちらもSIGGRAPH Asia・Laval Virtual・IVRCなどで多数の発表実績を持つKMDさんと、医療コンサルティング事業を手掛けるメディヴァさんらの共同研究。もはや視覚的体験掲示がほぼXRHMDを使うようになった現在において、こちらはあえて「iPhoneを使ったスマホアプリ」として提供されているのが特徴の一つです。なぜかは後ほど。
こちらのアプリ、iPhoneのAR機能を活用して、老人性認知症患者が実際に見ている視界を擬似的に再現する、という掲示になっています。開発に当たり、病理学と医療従事者の患者との経験などを参考にしている他、実際に医療従事者の検証も経ています。
実際に体験させていただいたのですが、筆者が気づいた限りでは、
- 視野狭窄(隅の視野部分が黒くなっており、中央付近しか見えない)
- 色覚の減衰(色彩が非常に限定されて表示される)
- 奥行き感覚の非認知(要するに立体視ができない(左右の映像に視差がない)。このため奥行きの感覚がゼロになる)
- ピントの非調節性(視野の上半分にブラー処理がされていて、はっきりと文字や絵が見えない)
などがiPhoneのAR処理を通して施され、それを通じて目の前の光景をゴーグルで見ることになります。立体視ができないなどの処理についてすべてお聞きしたところ、「すべて研究・調査に基づいた意図的な処理です」とのこと。つまり、これが認知症にかかってしまったお年寄りが実勢に見ている視界に近いという掲示である、というわけです。
色彩が限定されていることにより、起毛した絨毯が真っ黒な穴のように見えたり、光を反射するようなものが真っ白に見えたりします。かなり日常生活を送るには不便、かつ苦痛を伴うであろう視界が広がり続け、5年近くVRを見てきた筆者もちょっぴり酔ってしまいました。
また、スマホアプリとして開発した意図をお聞きしたところ、「このアプリは医療に携わるたくさんの方々、例えば看護師さんとかでも手軽に扱えるようにすることを前提にしました。となると、扱うのに一定の技術が必要となるPC系HMDだけでないばかりか、重いスタンドアローンHMDでも難しいと考え、一番利用コストの低く、かつ重量の軽いスマホARアプリとして開発したんです」というお答え。なるほど、たしかにそうだ!
数々の拡張現実研究の実績を持つKMDさんだからこそできる「引き算の研究」とでもいいますか、3年前から環境があらゆる意味でこなれてきたXRという分野に対する、KMDさんの一つの回答がこれか、と感嘆するばかりでした。非常に優れたアプローチですので、また体験の機会が訪れましたらぜひ。
引き続きXRをお届けしていきますね!
取材協力:「シーグラフアジア2021(SIGGRAPH Asia 2021)」運営事務局